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更新:9月3日 12:55インターネット:最新ニュース

「日本に最適化した検索作る」ヤフーから百度へ移籍・井上社長に聞く

 ヤフー日本法人で、検索事業を率いてきた井上俊一氏が8月1日付で中国の検索大手、百度の日本法人社長に就任した。国内検索最大手のヤフーの検索事業トップの立場を捨ててまで、移籍した理由は何なのか。インタビューした。

――百度に移るまでどのような経歴を歩んできたか、教えてください。

 学生時代は、理工系の学部で医療用の超音波画像の処理技術を研究していました。大学を卒業してセコムに入社し、そこでは画像処理の研究を生かして監視カメラ技術の開発などを手がけました。

 インターネットには昔から興味がありました。インターネットがまだ一般的にならないころからUNIXサーバーを使って、メールのやり取りなんかもしていましたね。1998年ごろに、ネットがだんだん普及していくと検索エンジンが重要になると考え、自分で作りたいと思うようになりました。米国で働きたいということもあって、米エキサイトに応募したのが最初です。

井上社長

 ただ私は結局、日本のエンジニアとしてエキサイトに採用されました。エキサイトは当時から日本に進出していましたが、日本にエンジニアがいなかったからです。最初のころはほんの4、5人でやっていて、エンジニア1人あたりのページビューなら一番だ、なんて自己満足なことを言ったりしていましたが。

 エキサイト時代は日本向けのサービスをどんどん立ち上げたり、エンジニアを採用して開発体制を組んだりしました。しかし、米本社の事業が行き詰まっていき、検索エンジンが自社製からグーグルに切り替わってしまった。検索エンジンを作りたいと思って入ったのに、自分で作れなければ楽しくない。それで2004年にヤフーに移りました。ヤフーが自社技術の「YST」に力を入れようと取り組み始めたころです。

 ところが、YSTに力を入れると言っても、当時はまだ検索の事業部門もありません。現在は130人規模になっていますが、開発体制作りや日本語特有の処理、米ヤフーと連携した共同開発など、いろいろやってきました。具体的なサービスとして手がけたのは、検索連動型広告や「Yahoo!知恵袋」の開発などですね。

――ヤフーから百度に移ることを決めたのはなぜでしょうか。

 百度創業者であるロビン・リーとは以前から交流がありました。日本と中国でそれぞれ検索事業をしている立場として、情報交換をしようということですね。その百度が今年1月に日本で正式サービスを始めて、日本で成功するには徹底した現地化が必要で、そのためには日本人の経営者が必要だと誘いが来ました。ロビンには「一緒に歴史を作ろう」と言われ、彼とやってみようと思いました。

 大きな流れでみると、インターネットの今後10年は米国ではなくアジアが中心になります。今はまだ多くの人が気が付いてないと思いますが、何年か過ぎて振り返ってみるとあそこが転換点だったと思うと思います。アジアでナンバーワンになることが重要で、それに一番近いのが百度です。

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