更新:3月31日 11:06インターネット:最新ニュース
■ネット法の本質は制作者の権利制限
このように前提が誤っているのだから、「ネット法」の内容にも当然問題が山ほどある。提案のポイントは、(1)ネット権(ネット上のコンテンツ流通において権利処理を簡素化する包括的な権利)を創設する、(2)ネット権を収益の公正な配分を行う能力を有すると考えられる者(映画製作者、放送事業者、レコード製作者)のみに付与する、の2点に集約される。これが何を意味するかを考えれば、提案の内容が見当違いであることは明らかである。 映画やテレビ番組などは、様々な著作権や著作隣接権(原作者、ミュージシャン、出演者などクリエーターの権利)の固まりである。ネット権はそのネット流通の権利を、マスの流通を担う側に預けることを意味している。それはすなわち、制作側の著作権者や著作隣接権者の「許諾権」を「報酬請求権」に格下げすることにほかならない。 事実上、権利者に対する権利制限なのである。さらに言えば、収益の公正な配分と言いながら、具体的な配分は当事者間の協議に委ねるとしてあり、現実の力関係を考えると理想論に過ぎない。 すなわち今回の提案は、著作権者や著作隣接権者を犠牲にしてネット流通を広げると言っているとしか思えない。政府の知的財産戦略本部でもネット流通の促進をうたっており、政策の方向性においては整合性が取れているのだろうが、それでも2つの意味で無神経であると断じざるを得ない。 第一に、世界の潮流とは正反対の方向を向いているということである。欧米や世界知的所有権機関(WIPO)では、ネット流通が急速に普及するなかで、むしろ権利保護の強化が議論の中心となっている。ネット流通の普及はビジネス側の動きの結果であり、そうした所与の事実を踏まえて著作権制度がどう対応するかが議論されているのである。日本では議論の順番が逆転している。 第二に、こうした提案をして著作権者や著作隣接権者がどのような反応をするか、ちょっと考えれば分かるのではないだろうか。世論を味方にすれば押し倒せるとでも思っているのだろうか。だとしたら本末転倒も甚だしい。すべての関係者が妥協できる解を考えてこそ世の中は動くのであり、権利者の意識を逆撫でしては逆効果である。 そう考えると、政府の責任も重い。政府の知的財産戦略本部が無神経にデジタルコンテンツのネット流通の促進を喧伝(けんでん)したからこそ、今回のような提案も出てきたのだろうが、例えば英国ではクリエイティブ産業の強化という方針を打ち出し、制作の保護と奨励という方向を明確にしているからこそネット配信も普及し、同時に文化の水準も向上している。今回のような文化の水準を低下させかねない提案が民間から出てくるというのは、憂慮すべき事態ではないだろうか。 ■制度を悪者にするのはやめよう 私は正直、今回の提案の中身を読んで激怒し、あきれた。このように制度を悪者にしてビジネスの側の怠慢を助長する議論ばかりでは、日本はよりいっそうネット後進国への途をたどるだけだからである。 もちろんいまの著作権制度に問題があるのは事実である。ただ、制度ばかりを悪者にしたステレオタイプな議論がいかに民間をダメにするかは、金融業界を見れば一目瞭然であろう。制度を悪者にするのはそろそろやめようではないか。 [2008年3月31日] ● 関連リンク● 記事一覧
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