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更新:3月9日 10:00インターネット:最新ニュース

公取委によるJASRACへの排除命令に3つの疑問

 2月末に公正取引委員会(以下「公取委」と略す)がJASRAC(日本音楽著作権協会)に対し、独占禁止法第3条(私的独占の禁止)に違反しているとして、排除措置命令を出した。これに便乗して様々な人がネット上でJASRAC批判を展開しているが、鳩山総務相による日本郵政攻撃と同様に見当違いも甚だしい。

 10年前に著作権管理事業への競争導入のきっかけを作った者として断言しよう。今回の命令は明らかにおかしい。ここでは、細かい問題は抜きにして、そもそも公取委が果たすべき役割という観点から3つの疑問を呈示したい。

■JASRAC独占は2000年に終止符

 最初に経緯を復習しておこう。音楽著作権の管理業務は、1939年からずっとJASRACが独占的に行ってきた。しかし、独占が長く続くなか、権利者の側にとっては権利許諾の条件の融通が利かないなどの不都合が生じていた。

 そこで、坂本龍一氏をはじめとする著名アーティストなどが、1998年に「メディア・アーティスト協会(MAA)」を設立し、音楽著作権の管理事業への競争の導入を求めて運動を起こした。その結果、2000年に著作権管理事業法が制定されて競争が導入され、長年続いたJASRACの独占に終止符が打たれた(実は、私は当時MAAの事務局長を務め、世論への訴えかけやJASRACとの協議などを主導したので、音楽著作権の管理事業の競争については人一番詳しいし、関心も大きいのである)。

 その後、音楽著作権の管理事業には2社が参入したが、あまり大きな市場シェアを獲得するに至っていない。そうしたなか、今回の騒ぎが起きたのである。

■第1の疑問:誰のための競争促進か?

公正取引委員会の排除命令を受け記者会見するJASRACの加藤衛理事長(中)

 今回の公取委の排除命令は、JASRACが著作権を管理している楽曲の使用料の徴収に関し、放送事業者と締結している「包括契約」での算定方法(使用した曲数に関係なく、放送事業収入の1.5%を徴収)が他の音楽著作権管理事業者の参入を妨げているとして、その是正をJASRACに求めている。

 両者の見解の違いについては既に詳しく報道されているので、ここでは繰り返さない。それらの技術的な問題はさておき、今回の排除命令での根本的な疑問は、公取委が誰のために競争促進を目指すのかという観点から、説明が付かないということである。

 独占禁止法が目指すのは独占の禁止、つまり競争の促進であるが、本来それは手段でしかなく、実現すべきことは市場参加者の効用の増大である。通常のモノやサービスの市場においては、供給者と需要者という2者しか存在せず、独占は供給者の側で生じるので、需要者の利益の増大が目的となる。

 これに対し、放送事業者に対する音楽著作権管理業務という市場においては、供給者(権利者)、仲介者(JASRAC)、需要者(放送事業者)という3者が存在し、仲介者の部分で独占が生じている。従って、この市場で政策が本来目指すべきは、供給者と需要者の双方の利益の増大のはずである。

 ところが、今回の公取委の命令は、新規参入した著作権管理事業者(仲介者)の情報と権利者(供給者)の証言だけから出されている。なぜ需要者である放送事業者の見解は公取委の判断に反映されなかったのだろうか。おそらく反対されるからなのであろう。その結果、この特殊な市場において需要者の利益が増大されない歪んだ命令が出された。公取委は、本来は手段でしかないはずの競争促進を自己目的化して、政策が達成すべき本来の目的を無視して暴走したとしか思えない。

 そして、問題となっている包括契約は一仲介者と需要者の間で作られた慣行であり、それを変更するには両者による取り組みが不可欠である。それなのに、片方の当事者であるJASRACのみに命令を出し、かつその中では具体的な解決策の方向性すら示していないというのでは、明らかに不公平である。

■第2の疑問:独禁法で競争は促進されるのか?

 次に疑問に感じるのは、著作権管理事業の競争促進に向けた政策の関与を、独占禁止法の適用という競争政策で行うことの可否である。

 著作権管理事業は、その性質からインフラビジネスと考えるべきである。楽曲に関するデータベースの整備が不可欠だし、権利者や利用者とのネットワーク(物理的なものとデジタルの両方)も必要である。過去60年の長きに渡って独占が続いたインフラビジネスなのである。しかも、供給者・需要者・仲介者という3者が存在する、通常とは異なる市場である。

 従って、そこで競争を促進するのは並大抵なことではない。インフラ性を持つ要素をどう新規参入者に開放するかなど、産業政策的な対応が非常に重要な役割を果たすことになる。つまり、公取委の競争政策よりも市場の所管官庁による産業政策的な対応の方が必要なのである。

 それにも関わらず、産業政策よりも競争政策がどんどん前に出てきては、かえって健全な市場の形成を歪めることになってしまう。電気通信や電力の市場での過去の政策の歴史を振り返るべきである。公取委は余計な介入をすべきではない。

 そもそも私がこの分野での競争導入を主張した10年前も、まずは新規参入の増大よりも管理者による自己管理が向上することを期待していた。もちろん新規参入は結構なことであるが、市場の特性も考えずに独禁法の適用による競争促進を声高に叫ぶ人の多さや、それに安易に応じる公取委のセンスの悪さには、正直驚くしかない。

■第3の疑問:なぜ今?

 そして、何よりも疑問に感じるのは、なぜ今、公取委が排除命令を出したのかということである。

 公取委はこの問題を5年前から研究していた。昨年4月にはJASRACに立ち入り検査を行っている。つまり、命令を出すならもっと前に出せていたはずなのである。それが突然今になって行動するというのは、非常に解せない。

 ちょうど今、検察が民主党の小沢一郎代表の公設第1秘書を政治資金規正法違反容疑で逮捕し、「なぜ選挙が近い今のタイミングで」という声が上がったが、私は今回の公取委の排除命令にも同じ類いの疑問を感じざるを得ない。

 よく考えると、最近の公取委はJASRAC以外にもいろいろと活発に命令を出しまくっている。明らかに昨年の同時期よりも増えている。霞ヶ関界隈の噂では、遠からず選挙で政権与党が代わる可能性が高いことを見据え、公取委はたくさん抱えている案件の“棚卸し”を急いでやっていると、まことしやかに言われているのである。

 日本の経済政策を巡る議論では、公取委や競争政策の強化がよく話題に上る。その一方で、実態論として日本の公取委の能力について批判もされてきた。今回の一件は「公取委はダメだと思っていたが、ここまでダメだとは思わなかった」という一言に尽きる。根本の政策論的な部分から間違っているのだから、救いようがない。公取委にはもっとよく勉強し、考えてほしいと言わざるを得ない。

[2009年3月9日]

-筆者紹介-

岸 博幸(きし ひろゆき)

慶応義塾大学大学院メディアデザイン科教授、エイベックス取締役

略歴

 1962年、東京都生まれ。一橋大学経済卒、コロンビア大学ビジネススクール卒
業(MBA)。86年、通商産業省(現・経済産業省)入省。朝鮮半島エネルギー開発機構(KEDO)、資源エネルギー庁、内閣官房IT担当室などを経て、当時の竹中平蔵大臣の秘書官に就任。同大臣の側近として、不良債権処理、郵政民営化など構造改革の立案・実行に携わる。98〜00年に坂本龍一氏らとともに設立したメディアアーティスト協会(MAA)の事務局長を兼職するなど、ボランティアで音楽、アニメ等のコンテンツビジネスのプロデュースに関与。2004年から慶応大学助教授を兼任。06年、小泉内閣の終焉とともに経産省を退職し、慶応大学助教授(デジタルメディア・コンテンツ統合研究機構)に就任。08年から現職。

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