更新:11月13日 10:13インターネット:最新ニュース
ネット中継とツイッターで「中抜き」されるマスメディア
新しいメディアは、戦争や選挙といったニューストピックスと重なることで爆発的に伸びて社会のあり方を変えてしまうことがある。11日に始まった政府の行政刷新会議による「事業仕分け」で実現したネットの生中継と「Twitter(ツイッター)」上でのコミュニケーションは、変化の予感を感じさせるものだった。それは、有権者に見えにくかった政策決定プロセスを透明化しただけでなく、政治と有権者の間で情報を「媒介」することで価値を生み出してきたマスメディアの立ち位置も揺るがしている。(藤代裕之) 「成果目標はどうなっているのか」「PDCA(計画、実行、評価、改善)がなく、PDPDになっている」「そもそも目的と違う使われ方をしているのでは」「天からお金が降ってくると思っていたら大間違い」 ■格好のメディアイベントに 2010年度予算編成に向けて各省庁の無駄を洗い出す事業仕分けは、政治家と識者(民間人)からなる仕分け人が官僚から事業内容の説明を受け、約1時間程度で予算の縮減、廃止、自治体・民間に任せるかなどを決めていく。動画による中継では、厳しい質問で問い詰める仕分け人と、かわそうとする官僚の攻防、次々と下される仕分け人の判断がリアルタイムで伝えられた。一般の傍聴を認め、ネット中継を行ったことで仕分け会場は「劇場」と化した。 意味不明な説明を繰り返したり、追及にしどろもどろになったりする官僚の姿は、政治主導を印象付けたい民主党と鳩山政権にとって格好のメディアイベントとなった。翌日12日の朝刊には『官僚「公開処刑だ」』(朝日新聞)、『まるで発言者いじめ』(読売新聞)との見出しが立っていた。 ネット中継は財務省の予算査定でも検討しているという。民主党が意識的にメディア戦略を行っている様子はこれまでのところうかがえなかったが、自民党・小泉政権時代のテレビのようにネット活用に本格的に取り組めば、メディアと政治の関係が大きく変わる可能性がある。 ■「つぶやき」で意見や指摘を共有 動画中継とツイッターの組み合わせは、以前のコラムで指摘したツイッターの特徴である時間の共有体験を一層強力なものとしている。
事業仕分けの議論は会場内の3カ所で同時に行われているため、行政刷新会議のホームページに掲載されているスケジュールを見て動画を切り替えながら、「HootSuite」というウェブサービス用のソフトを立ち上げて、ツイッターに書き込まれるつぶやきを目で追っていた。 ツイッターには、「ハッシュタグ」と呼ばれるタグを使ってトピックごとに関連するキーワードを設定する機能がある。事業仕分けでは3つのグループにそれぞれ「#shiwake1」「#shiwake2」「#shiwake3」とタグが割り当てられ、関係する議論が追えるようになっている。 平日の日中にもかかわらず、多種多様なつぶやきが次々とTL(タイムライン)を流れていく。仕分け人や官僚の発言内容、各事業の内容への意見や感想だけでなく、「言葉は丁重だが、官僚は何を言っているのかわからない」「仕分け人が言いたいことを主張しているだけ」といった発言者へのチェック、現場の様子を伝えるつぶやきもあり、リアルタイムに情報が更新され共有されていった。 マスメディアはニュースを提供することによって人々のコミュニケーションを生み出す役割を担ってきた。しかし、今回の事業仕分けをライブで見て、つぶやきを共有した人にとっては、マスメディアの報道は臨場感が薄く(むしろ無理に臨場感を作ろうとすれば滑稽になる)、翌日の新聞報道は遅いと感じるだろう。 ワーキンググループ3での議論は、ブログ「ケツダンポトフ」を運営するそらのさんが無料の動画ストリーミングサービス「Ustream.TV」を使って会場から生中継していた。一部省庁で進む記者クラブの開放もそうだが、既存のマスメディア以外のルートで情報が漏れ始めている。 単に現場中継しているだけではないかという意見もあるかもしれないが、ユーザーによる情報発信は重要な意味を持つ。公式動画はあくまで政府によるもので、コントロール可能だ。そうではない中継があれば選択肢が増え、チェック機能も働く。 ■揺らぐマスメディアの立ち位置 このような動きが続き、政策決定プロセスにかかわる情報が開示され、ネットで中継され、感想や分析すらリアルタイムでウェブに公開されるようになると、マスメディアの立ち位置が一層揺さぶられることになる。 まず、いくら多数の記者を投入したところで、速報性で勝つことができなくなる。次に内容。政治家の発言を切り取るだけ、仕分けの結果を伝えるだけでは、ツイッターのつぶやきと変わらない。そして時間軸(情報が古びてしまう)。これまでどおりの単なる情報の媒介では通用しなくなっている。さらに、政策決定プロセスへの関わり方も変化する可能性がある。 55年体制では、政策や事業の決定プロセスは自民党と官僚の調整によって行われたことでブラックボックス化し、族議員と官僚の癒着も生んだ。そのため、マスメディアは党の有力者や官僚から情報を取得することにしのぎを削り、時にはリーク情報に踊らされ、一部には政策決定そのものに関与するという共犯関係も成立していた。マスメディアが有権者を政治から遠ざけていたという側面もあったのではないか。 10月31日、駒沢大学で有志と行ったシンポジウム「ブロガーが問う!ネット時代の政治とメディアの新たな関係」に登壇した駒沢大学法学部政治学科の富崎隆准教授は、その状況を「官僚は記者をポチと呼んでいる」と辛らつに表現していた。 また、ゲスト出演したみんなの党の浅尾慶一郎衆議院議員(ツイッターのダイレクトメッセージで参加依頼を行った)は「マスメディアは注目が集まっているものだけを取り上げるがウェブを通じて意見を発信できる。影響はわからないが反応はある」と話していた。 シンポジウムは同大グローバル・メディア・スタディーズ学部によって動画サイト「ニコニコ動画」のニコニコ生放送で流され、延べ1200人に見られた。ネット中継なら安い機材で簡単にでき、たとえ視聴者が数人でもかまわない。事業仕分けも、マスメディアが対象とする数万から100万単位の人に見られているわけではなく、民放テレビ局は視聴率を考えればいくら重要でも生中継は難しいだろう。事業仕分けの時間、ワイドショーは死体遺棄容疑で逮捕された容疑者の護送を繰り返し流していた。 事務次官会議の廃止や今回の事業仕分けなどで政策決定プロセスが変わり、新たなメディアが広がっていくなかで、マスメディアの立ち位置が古くなっている。それは、商品流通の中間段階で価値を生まない取り次ぎ業者が「中抜き」される現象とも重なって見える。 ■参加することに伴う責任 気になったこともある。事業仕分け中に流れたツイッターのつぶやきのなかに、公式映像が引き気味で固定されていることについて、「もっと画像の質を上げて発言者の表情が見たい」という指摘があったことだ。 気持ちはわからなくもないが、一瞬見せた尊大な表情を切り取って「絵」を作ったり、発言の一部を抜粋して「問題発言」として強調したりする行為は、本筋ではないところでの議論を生みかねない。そのようなメディアフレームこそマスメディアが批判を受けてきたことではなかったか。情報発信するユーザーも同じ罠にはまりかねない危うさだ。 人々のマスメディアへの批判は、責任をマスメディアに委ねることで成立してきた面もある。それは、政策決定のプロセスも同様で、政・官・報に丸投げしてきたことが共犯関係を生んでしまっている。政治もメディアも、参加するということは無責任ではいられないということなのだ。 [2009年11月13日] ● 関連リンク● 記事一覧
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