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更新:2008年2月4日 10:20インターネット:連載・コラム

岸博幸の「メディア業界」改造計画

ハリウッドのストライキがもたらす地殻変動・テレビ依存からの脱却

 米国エンターテインメントの総本山ハリウッドで昨年11月から続いてきた脚本家組合のストライキは、数日前になってようやく終結のめどがついたが、その影響は甚大なものとなった。人気テレビ番組や映画の制作が中断し、シリーズもののテレビ番組の放送などに支障が生じ、先月にはゴールデングローブ賞授賞式も中止に追い込まれた。この事態を対岸の火事と考えてはならない。このストライキには、日本のネットやコンテンツの将来にも重要な3つのインプリケーション(示唆)が含まれている。

■ストライキはなぜ起きたか

 今回のストライキの根源は1985年にまで遡る。当時ホームビデオが普及する中で、その売り上げの関係者への配分方法が決められたのだが、脚本家の取り分は売り上げのわずか0.36%となった。ホームビデオ1本当たり4−6セントしか脚本家の収入とならなかったのである。

ビバリーヒルズのホテルで開かれたゴールデン・グローブ賞の発表。テーブルにはスターらの代わりに記者が座った=1月13日〔AP Photo〕

 脚本家組合はこの低い割合に不満であり、DVDの普及段階で、DVDに関しては配分比率を増やすよう交渉した。しかし映画会社は制作・宣伝コストの高騰を理由に断り、0.36%という低い割合を維持した。

 そして、2006年2月に米ABCテレビが、テレビ番組のダウンロード販売の収入のうち脚本家の取り分はDVDと同じにする(つまり0.36%に据え置く)と決めた。ほかのテレビ局や映画会社もこの決定を追随した。その結果、例えばある報道によると、大ヒットテレビ番組「Lost」は2005年末からアップルの「iTunes」で有料配信されたが、この番組の脚本家に配信開始後3カ月間のダウンロードに関する報酬として支払われたのは、わずか455ドルであった。

 また、番組のネット配信の宣伝用に制作されるwebisode(ショートクリップ)はプロモーションとして扱われるため、脚本家はwebisodeの制作からは一切報酬を得られない。

 すなわち、脚本家は過去20年の間、新たなメディアでのコンテンツ流通が増大するにも関わらず、そこからは十分な報酬を得られてこなかった。一方、今後はネットが間違いなく重要な流通経路となることから、将来に渡って所得機会を失うのを避けるため、脚本家組合が行動を起こしたのである。決して、組合が権利ばかりを主張しているのではない。

■コンテンツの制作側にも正当な見返りを

 テレビ番組や映画を作る際、莫大な制作資金を調達するテレビ局や映画会社がリスクに見合ったリターンを得るのは当然である。しかし、コンテンツはクリエーターの力なしには完成し得ないのであり、コンテンツの制作側も正当に報われなければならない。ある意味当たり前のことであるが、これが第1のインプリケーションであり、それが無視され続けたから、脚本家組合の堪忍袋の緒が切れたのである。

 実はこれに近い動きが日本でも既に起きている。もう私的録音録画補償金を払う必要はないと電子情報技術産業協会(JEITA)が宣言したことに対し、デジタル化が進むことで所得機会を喪失している権利者(著作権者、著作隣接権者)たちが激怒した。その延長で先月、私的録音録画補償金制度の堅持を求める「Culture First」という運動が立ち上がった。注目すべきは、そこに参加している権利者団体の数が87に達したということである。音楽、落語、歌舞伎など、コンテンツの制作側がジャンルを越えて一致団結して、流通側に対して怒りを表したのである。

■テレビ依存からの脱却目指す

 第2のインプリケーションは、ストライキが長期化するなかで、脚本家たちの一部に、テレビや映画館といった伝統的なメディアに依存せず自分たちでコンテンツ制作・権利保有・ネット流通を行える会社を設立しようという動きがいくつも始まっていることである。ベンチャーキャピタルやシリコンバレーのネット専門家も関与している。

 つまり、コンテンツ制作側がマスメディアへの依存をやめ、ネットを活用して自立しようという動きが始まったのである。実は昨年前半、つまりストライキが始まる前から、ハリウッドの俳優やプロデューサー主導によるそうした動きはいくつかあったが(動画配信プラットフォームのFunnyorDie、MyDamnChannelなど)、ストライキを契機にこの潮流が本格化したと理解すべきであろう。

映画大手ワーナー・ブラザーズの前でピケを張るストライキ中の脚本家ら=1月14日、カリフォルニア州〔AP Photo〕

 そして、第3のインプリケーションは、シリーズものの人気テレビ番組の放映が中断されたりするなかで、視聴者の側でもテレビ離れが起き、ネットで動画を観ることが多くなったということである。実際、プロの動画を専門に扱う動画サイトのなかには、ストライキ後にアクセス数が倍増しているものもある。どのメディアを選ぶかに際しては視聴習慣が大きく影響するため、ネットでの視聴に慣れた利用者にとっては、ストライキが終結した後もネットは動画視聴手段として重要な地位を占め続けるのではないだろうか。

■ 日本にも必要な「正しい刺激」

 要は、今回のストライキを契機に、米国ではコンテンツの制作側も視聴者の側も、テレビという最もメジャーなコンテンツ流通経路への依存割合を修正し始めていると理解することができる。ネットの普及段階から長いこと「ネットがマスメディアを代替する」と言われてきたが、ストライキという人為的なアクションによって、米国でそれが実現するかもしれないのである。

 2月2日の報道によると、3カ月を超す長期に渡ったストライキも終結の見通しが立ったようであるが、今回のストライキは非常に大きい意義を持つものであったと評価すべきであろう。

 そう考えると、残念ながら日本ではこのようなメディア構造の変革につながる動きが非常に少ない。それが日本と米国のメディア環境の格差をさらに大きくしているのであり、日本でも「正しい刺激」が起きることを切に願って止まない。

-筆者紹介-

岸 博幸(きし ひろゆき)

慶応義塾大学大学院メディアデザイン科教授、エイベックス取締役

略歴

 1962年、東京都生まれ。一橋大学経済卒、コロンビア大学ビジネススクール卒
業(MBA)。86年、通商産業省(現・経済産業省)入省。朝鮮半島エネルギー開発機構(KEDO)、資源エネルギー庁、内閣官房IT担当室などを経て、当時の竹中平蔵大臣の秘書官に就任。同大臣の側近として、不良債権処理、郵政民営化など構造改革の立案・実行に携わる。98〜00年に坂本龍一氏らとともに設立したメディアアーティスト協会(MAA)の事務局長を兼職するなど、ボランティアで音楽、アニメ等のコンテンツビジネスのプロデュースに関与。2004年から慶応大学助教授を兼任。06年、小泉内閣の終焉とともに経産省を退職し、慶応大学助教授(デジタルメディア・コンテンツ統合研究機構)に就任。08年から現職。

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