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更新:2008年8月1日 10:30インターネット:連載・コラム

ガ島流ネット社会学

イノベーションのジレンマに襲われるニュースメディア

 破壊的技術によって登場した製品やサービスは、価格、性能、利益率が低く、少数の新しい顧客に支持されるに過ぎないが、やがて従来の市場を侵食していく――。米ハーバードビジネススクールのクレイトン・クリステンセン教授の著書「イノベーションのジレンマ」は、パラダイムシフトに直面した優良企業が市場での地位を失っていく様子を描いたベストセラーだ。メディア業界での「破壊的技術」であるブログや掲示板の言論は、既存のニュースメディアから比べれば質が低く「便所の落書き」とも揶揄されたが、いまや少しずつ従来市場を侵食している。「一次情報か」「解説か」といった対立軸ではなく、質とコストの問題なのだ。

■ウェブ発のニュースが急拡大

 クリステンセンは、イノベーションのジレンマをハードディスク業界の分析で明らかにしている。ほかにも、メーンフレームからパソコンへの移行、米国車と日本車の競争、掘削機、鉄鋼、そして前回のコラムでニュースメディアと似ていると指摘した流通業(ディスカウントストアの登場)も紹介している。

 通常の新技術は性能を高めるものだが、「破壊的技術」と呼ばれるものは短期的には性能を引き下げる効果を持っている。そのため、質が低く、市場も小さく、優良企業は手を出せず、多くが破壊的技術によってもたらされるパラダイムシフトを乗り切れない。顧客の意見に耳を傾け、革新と実行力がある企業ですら、このワナに陥ってしまう。ニュースメディアもまた同様だ。

画像提供:アマゾン(アマゾンのサイトにリンクします)

 以前のコラム「ニュースサイト『ワイドショー化』を考える」で紹介したように、ウェブ上には、お手軽で脊髄反射的なニュース記事があふれている。プレスリリースを写しただけのもの、ネット上だけで取材しているものもある。従来のニュースメディアに比べれば質が低く、圧倒的にコストが安い。企業が運営しているとしても社員は数人というところも多い。

 ブログが登場した初期は「このような言論の質では、到底既存メディアに対抗できない」といった意見も多かった。インターネットとブログという破壊的技術によって登場したウェブ上のニュースコンテンツは「とうてい新聞に載せられない」ものであったし、読者や書き手もそう思っていた。

 しかしながら状況は変わりつつある。ウェブ発のニュースコンテンツは、徐々にユーザー(市場)に受け入れられ始めている。

■多様化するニュースの提供元

 「新聞社はネットに記事を出さなければいいじゃないですか。そうすればポータルサイトは運営できないでしょう」。ある飲み会でそう話しかけられたので、ネットのマスメディアであるヤフージャパンのニュースの配信元一覧を見てほしい、と話した。

 そこには、既存のマスメディアに混ざって、CNET JapanやITmediaのようなネット専業のニュースメディア、さらには、J-CASTニュース、シブヤ経済新聞やヨコハマ経済新聞などで知られるみんなの経済新聞ネットワークも並ぶ。「ネタりか」と呼ばれるエンターテインメントに特化したニュースコーナーには、アメーバニュース、独女通信、ギズモード・ジャパンなどの「ミドルメディア」もあり、数え切れないほどのメディアがニュースを配信するようになっていることがわかる。ライブドアには、ブログネットワークのアジャイルメディア・ネットワーク(AMN)の記事が配信されている。

 ポータルサイトもユーザーも既存メディアの記事だけが「ニュース」と考えてはいない。「1965年の買い物客の多くはデパートで買い物しなければ期待通りの品質と品揃えが得られないと感じていたが、現在ではターゲットやウォルマートで十分である」というクリステンセンの指摘を、デパートを新聞、ターゲットやウォルマートをヤフーニュースやミクシィニュースに置き換えることができるのではないだろうか。ネット上のニュースは、下位から始まり、次第に上位に移行していくことで従来の市場に影響を与えるという、イノベーションのジレンマのセオリーを証明している。

■既存メディア生き残りの道は

 では、イノベーションのジレンマに襲われる側の新聞社はどうするのか。

 クリステンセンは、破壊的イノベーションに対応するためには、独立組織のスピンオフが有効と指摘する。この組織は自主的な運営が行われる必要がある。現在の組織を維持するための広告・販売に変わる第三の収益と捉えてはいけないし、間違っても天下りポストにしてはいけない。

 クリステンセンは、イノベーションのジレンマの続編「イノベーションの解」で、米国の新聞社のオンライン化について、「オンライン部門を独立運営、独立採算型のプロフィットセンターとしてスピンアウトさせた。これらの組織は単なる新聞社のオンライン版であることを止めて、紙とは異なるサービスを提供し、異なるサプライヤーを見つけ、異なる広告主から収入を得たのだ。対照的にオンラインプロジェクトの責任を主流部門に負わせている新聞社は、共食いという自滅型の進路をたどり続けている」(一部中略)との研究結果を紹介している。

 日本では、紙の広告が厳しくなるなか、ネットに本腰を入れようと、「ネット戦略室」や「デジタル経営チーム」などが相次いで発足しているというが、これはクリステンセンによれば間違いということになる。実際、ある地方紙のネット系関連会社は「新聞社からは社員を入れない」という方針で成功しているという。

 一方で、性能や品質をより高め、利益率の高い部分に特化して生き残る方法もある。ネットの未来を予測した動画「EPIC2014」では、ニューヨークタイムズがオンラインへの記事提供を廃止して、老人や裕福層向けに紙のみを提供するという結末が関係者に衝撃を与えたが、これはある意味で悪くない選択だ。

 インターネットのメーンユーザーである30代に比べて、新聞のターゲットユーザーである団塊世代以上は収入や資産が大きい。人口が減っている若者に比べてパイが大きいとも言える。

 また、紙は印刷が必要で、ネットに比べて参入障壁が高い。ネットインフラの整備率や生活への浸透度は地域によって異なるため、「破壊的技術」のインパクトはまだらになる。時間稼ぎは十分に可能だ。少なくともコストが見合わず、組織変更も伴うウェブの世界で争うよりは合理的だ(だからジレンマが生じる。もちろん企業にとってチャレンジしなければ「死」あるのみなのだが…)。

 広告収入が減っていくなかでコストをカットするだけでは先はない。そのためには製品を上位に移行させる必要がある。深い洞察力、分析といったコンテンツを、そろえる必要がある。

 「一次情報」も「解説」も、ウェブには負けてはならない。ブログで読めるレベルのコンテンツが並ぶなら、あえて新聞を取る必要もないからだ。「速報から、解説へ」とは、古くから言われてきたことだが、依然として業界内の横並びで取材や記事が書かれることがある。リソースを分配するということは、一億層中流社会、格差がない、という「幻想」を捨てることでもある。

 何でもありでは、質が向上し始めたウェブ発のニュースメディアに飲み込まれるだろう。

-筆者紹介-

藤代 裕之(ふじしろ ひろゆき)

ブロガー@ガ島通信

略歴

 1973年徳島県生まれ。立教大学21世紀社会デザイン研究科修了。広島大学文学部哲学科卒業後、徳島新聞社に入社。社会部で司法・警察、地方部で地方自治などを取材。文化部では、中高生向け紙面のリニューアルを担当し「若者の新聞離れ」対策に取り組む。徳島大学付属病院医療情報部助手を経て、マイネット・ジャパンアドバイザーなど。
2004年9月にブログ「ガ島通信」をスタート。メディアやジャーナリズムに関する議論から身辺雑記まで、幅広い内容を発信中。「ブログ・ジャーナリズム」(野良舎)、「メディア・イノベーションの衝撃」(日本評論社)。北海道大学科学技術コミュニケーター養成ユニット(CoSTEP)サイエンスライティング担当。

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