更新:4月28日 09:00ビジネス:最新ニュース
パッケージソフト不毛の国・日本的ソフトウエア観(4)
前回、日本人の高品質要求がIT業界に及ぼす影響について触れたが、今回は、品質ではなく機能面における半ば「こだわり」ともいえる日本人の高レベル要求について考えてみたい。例えば、もう十数年も前から米国では企業におけるパッケージソフト利用率が50%を超えている。一方、日本ではこの手のソフトウエアの利用率は20%以下と、依然として低レベルに留まっている。何故このような状態が続いているのか、私はずっと疑問を持ち続けている。 ■自分の会社に合うパッケージソフトが見つからないという誤解 簡単にいうと、米国では他の会社が使っているのと同じソフトウエアを使うことに抵抗感がなく、日本は基本的に他人あるいは他社が使っているソフトを使うことを好まないということだろうか。そして、この日本の考え方がグローバルな方向を向いているかというと、そうではないので困ってしまう。 20年ほど前、とある米国の業務パッケージソフト販売会社の非常勤取締役をつとめたことがある。このパッケージは、IBMの「AS/400」(いわゆる当時のオフコン)向けで、米国では大変よく売れていた会計ソフトだ。「ぜひこれを日本語化して日本で売りたい」と考え、トライアルユーザーを見つけ共同開発を行った。 ところが結果はものの見事に失敗。なにしろ機能面の仕様が合わず、パッケージを使うより最初から作ったほうが早いということになってしまった。 この仕様が合わないという問題は、国ごとの会計とかの制度の違いと、会社ごとの違いとの2つがあるのだと思う。国とか制度の違いだけなら、日本向けのパッケージを作れば流通しそうなものだが、なかなか流通しないところをみると、後者によるところも多いと考えざるを得ない。 それでは何故、米国ではパッケージが流通するのだろうか。当時の米国のパッケージソフト販売会社の役員とディスカッションしたところ、日米の違いは分からないが、彼らが主に売り込みに行く会社はまず経営者が交代した会社で、そして経営を変えようとしている会社であることが分かった。経営を変えるにはすなわち情報システムも変える必要があるからだ。 「しかし経営者とか経営スタイルが変わったとしても、システムを使う現場のやり方は変わらないのではないか」と聞くと、「それも一挙に変えてしまう、変えない従業員にはやめてもらうのだ」という返答だった。 日本人からするとちょっと極端な気がするが、この中に本質があるような気がしている。要は今のやり方に固執するのか、もっと大きな観点から見直すのか、それを経営者から現場までのどのレベルまで行うのか。まさにBPR(業務改革)をやるのか、やらないのか、というところに帰着する気がする。 日本では経営者が代わっても、現場はそれほど変わらないことが多い。そのために企業独自のやり方が固定される。パッケージソフトに現場のやり方を合わせるということも慣れていない。主には、「今までそうしてきたから」という理由だけで、従来のやり方が優先されてしまう。 ■国のシステムですらゼロから作る必要はない 別の事例を紹介しよう。これも二十数年前の話だが、当時の電電公社にアジアのある政府から、技術協力の話がきた。 内容を聞いてみると、政府の情報システムを作り直したいとのことで、そのコンサルティングをやってほしいという。そこで、システム構築経験と英語がある程度できる人間を2人選んで派遣した(余談だが、その国は豊かな産油国で、国のIT部門にはその時すでにインドから来たマネジャーやSEが雇用されていたそうだ)。 その2人はたった2カ月後に戻ってきてしまった。政府のシステムだからそんなに簡単に済む話ではないはずだが、話を聞いてみると、どうも最初に聞いていたのと違ったというのだ。 日本から行った彼らはまず現状を調査し、政府要望を聞き、基本構想を作り、システムを設計し、構築するというイメージを考えていた。一方、その政府のIT担当は全くそんなことは考えておらず、政府の状況を簡単に調査して要望を聞き、世界中の政府のシステムの中からベストプラクティスを探してきてくれることを考えていたらしい。 つまり、独自の情報システムを作ることなどは考えておらず、世界で一番自分たちにあったシステムを買ってくれればよい。仕事のやり方はそれに合わせるということだった。残念ながら、当時の電電公社には、情報システムについて世界のベストプラクティスを探せるような能力はなかった。このコンサルティングは結局、お断りして終わりになった。 このエピソードは、私としてはとても印象に残っている。すなわち、情報システムの作り方という面からみると、二十数年も前から外国のユーザーは、ソフトウエアの再利用を前提に考えていた。また、日本のITベンダーには、まず世界のベストプラクティスを探してそれをユーザーに提案するという発想が非常に少なかったということだ。 この違いを今後どう捉えていくかが、日本の情報システムあるいは業界の将来を考えていくうえで、大事な要素のひとつになるだろう。 <次回に続く> [2008年4月28日] ● 関連記事● 関連リンク● 記事一覧
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