更新:2月12日 11:40ビジネス:最新ニュース
充電池を身近にした三洋「エネループ」開発の原点
三洋電機のニッケル水素電池「eneloop(エネループ)」を使い始めたのは、愛用しているICレコーダーの電池の消耗があまりに激しいからだった。次々と電池を取り替えねばならず、こんなに使うなら充電地のほうが結局は安上がりだろうと思った。(ものづくりの現場) しかし実際に使ってわかったのは、コスト以前に、eneloopが使って快適な電池だということだ。自己放電が少ないので、以前の充電池のように使うタイミングを見計らって充電する必要がない。使い始めて2年以上、かなりの頻度で充電しているが、いまだにへたる気配もない。eneloopで、私の中にあった充電池の印象はがらりと変わった。
■高容量化の道めざしたニッケル水素電池 eneloopの開発を牽引したのが、三洋エナジートワイセルの柳川浩章(やながわ・ひろふみ)だ。ニカド電池に代わる“容量2倍”の充電池としてニッケル水素電池が登場したのは、90年のこと。柳川はその翌年に入社し、ニッケル水素電池の開発部隊に配属となった。 ニッケル水素電池は当初、携帯電話やノートパソコンなどに使われて需要が拡大した。一般ユーザー向けでは主に乾電池が使えるデジカメでニーズが高まり、1枚でも多く撮影できるよう容量アップの競争が続いてきた。 ニッケル水素電池は正極に水酸化ニッケル、負極に水素吸蔵合金を使っている。放電時には合金に吸蔵されている水素が電子を放出し、水素イオンが電解液中を負極から正極へと移動する。 「水素吸蔵合金は、自分の体積の1000倍近い水素を貯められます。その貯め込む水素の量をいかに増やすかが、高容量化の大きな鍵でした。合金の結晶構造を分析し、より水素を多く蓄えられるものを作ろうとしてきました」 ニッケル水素電池の高容量化を推し進めた技術の一つが、三洋電機が03年に実用化した「超格子合金」だ。 「この合金の研究を始めたのは95年のことです。名前に『超』とついているのは、自然界では通常存在しえない構造だからです。非常に多くの水素を貯められる一方で、その構造上、安定性に欠けている。当初はまったくものになりませんでした」 格子構造が簡単に壊れてしまうと、充放電の繰り返しに耐えられない。たとえ充放電のたびに壊れるのが1%ずつであっても、100回繰り返せばダメージが累積するからだ。反応が一方向で完結する一次電池と異なり、二次電池では充放電のたびに“同じ状態”に戻すことが求められる。 「研究が停滞し、実用化は無理だろうと思ったこともあります。でもどうしても諦められなくて、どうにかならないかと思い続けていました」 どんな組成であれば安定するのか。10年近くにわたって数え切れないほどの実験を繰り返してきた成果が超格子合金だ。92年に単3形のニッケル水素電池が製品化された当時、容量は1000〜1200mAh程度だった。04年には超格子合金を使い単3で2500mAhという高容量のニッケル水素電池が発売され、05年には2700mAhまで増えた。 ■リチウムイオン電池に奪われた主役の座 しかし高容量化の道を歩みながらも、ニッケル水素電池はリチウムイオン電池に押され気味だった。90年代前半には“新型電池”として用途が拡大したものの、モバイル機器の普及と時期を同じくして、二次電池はリチウムイオン電池が全盛となっていく。 「ニッケル水素電池は非常に出力が大きく、電動工具などの用途に向きますし、寒冷地でも使えるという強みがあります。しかし重量あたりのエネルギー密度で言うと、リチウムイオン電池には敵いません」 デジカメでも専用のリチウムイオン電池が主流になり、ニッケル水素電池の出荷数は頭打ちとなる。この先、ニッケル水素電池をどう生き残らせていくか。柳川の焦りは強かった。 「一番の違いは、電圧です。リチウムイオン電池が3.6Vなのに対して、ニッケル水素電池は1.2V。アルカリ乾電池は1.5Vで、ニッケル水素電池と用途はほとんど変わらない。02年ごろから、乾電池市場をいかにとっていくかが勝負になると考え始めました」 実際、柳川は普段からニッケル水素電池を乾電池代わりに使っていたという。では、なぜ一般ユーザーはニッケル水素電池を使おうとしないのか? アンケートを実施して浮かび上がった理由は、「充電した後でしばらく置いておくと、放電して使えなくなってしまう」だった。 「これは盲点だったんです。ニッケル水素電池は特性として自然放電が大きく、使う前に充電するのが当然だと思っていましたから。しかし、充電しておいたものが使いたいときに使えなければ乾電池の代わりにはなれない。一番の問題は自己放電の大きさにある、と開発の方向が定まりました」 次ページ>>「コンビニで売れる」充電池めざす ● 関連リンク● 記事一覧
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