更新:6月5日 12:10ビジネス:最新ニュース
業務・システムの視点が欠落した「年金記録漏れ」問題の与野党議論
「所有者不明の5000万件については、1年以内に突合してそののち半年以内に通知を行う」。5月31日夜に衆院本会議で強行採決された年金支給漏れの時効を撤廃する年金特例法案に関して、安倍首相が記者団に行った説明だ。ここ1カ月ほどでにわかに政局、参院選の最重要テーマとなった「宙に浮いた年金記録5000万件」であるが、この問題を巡る議論を聞いていると、いかに政治家や官僚が社会インフラである情報システムと、それにまつわる業務処理に無知であるかが明解になった。(有賀貞一) マスコミの報道などを見てみると、1997年に基礎年金番号を導入した際に、それまでいくつかの年金番号を持つ人の記録が、住所、氏名、生年月日等の不一致で一本化されず、国民年金と厚生年金とで合計5095万件が残ったものであるという。
なんとなく基礎年金番号導入が、宙に浮いたきっかけであるかのような誤解を生む表現が多いように感じる。 しかし、宙に浮いてしまう条件はそもそも30年近く前から内包されてきた。社会保険庁が紙の記録を電子化し始めたのは1979年。当時、漢字入力は技術的に初期段階であったため、名前や住所はカタカナ入力を採用した。以来、氏名の読み方や住所の確認を厳密にせず、大量のデータをコンピューター化したことが不一致を生んだ原因だ。いったん誤表記された氏名や住所は、その後漢字化しても、すべてが正確には表記されない。 「宙に浮いた年金記録5000万件」は、社会保険庁の情報システム上には「存在する」データだ。より問題なのは、本人が保険料を支払ったにもかかわらず、データベース上に記録が残っていないというケースが、かなりありそうだという点だろう。 この事態が、混乱に拍車をかけている。社会保険庁の事務処理ミスや、社会保険庁と市区町村の間の事務処理がおざなりであったことが原因とみられ、支払ったのに記録がないのだ。記録を訂正するためには保険料納付の領収書をもってこいというのが社会保険庁の言い分だった。しかし果たして20年前、30年前の領収書を誰が保存しておくだろうか。 現在でも、氏名、生年月日、性別の3情報が一致した人に重点的に呼びかけて「宙に浮いた年金記録」を減らしているそうだが、ここ10カ月で減ったのは百数十万件程度だという。同じペースであると想定すれば、5000万件をすべて特定するのに30年もかかる。 それをたった1年でやるというからには、コンピューターシステムも含めて、相当緻密な「『宙に浮いた年金記録』追究プロジェクト」の計画が立てられなければ、実現可能性は担保されない。法案提出関係者はどこまできちんとプロジェクトを考えたのだろうか疑いたくなる。 さらに言えば、国民年金、厚生年金、共済などの年金制度整備を、事務処理の合理化や効率的な情報システム化という観点から扱ってこなかった厚生省(現厚生労働省)をはじめとする官庁の情報システムリテラシーの欠如が、今になってさまざまな問題を生む大きな原因として挙げることができるだろう。 厚生省の重要な天下り先であった社会保険庁と社会保険事務所は、年金行政に関する透明性を確保することなく、数十年にわたって業務を独占してきた。1億人以上の年金を数十年にわたって管理する巨大なデータベース更新システムだと考えれば、官が独占する必要はない。 むしろ民間の業者に任せ、より良いサービスと低コストの処理を実現することこそが必要だったはずである。年金制度の改変―法改正も頻繁に行われているが、法改正時に担当関係者は、果たして情報システムの効率的な構築と運営と言った観点からのチェックを行ったことがあるだろうか。 今回の問題への対策として、柳沢伯夫厚生労働相は4日、次のような対策をとると説明した。 ・「宙に浮いた年金記録」と受給者、被保険者の情報を照合する作業を08年5月までに完了。記録漏れの可能性がある人には08年8月までに通知する
しかしこれらは、システムで言えば、ユーザー側の要求仕様にもなっていない。やりたいことを並べ立てているだけだ。これで「1年以内に突合してそののち半年以内に通知を行う」と首相が約束できるとは思えない。 「どのような手立てをとって、どのような情報システムを構築して、どのような突合手順をとれば照合できるのか?」「標準的に1件の照合を行うにはどの程度の時間と金がかかるのか?」「そのためにはどれほどのシステム構築期間と経費、ならびに事務処理マンパワーと経費がかかるのか?」など、5月30日の安倍晋三首相対小沢一郎民主党代表による党首討論で、小沢氏はなぜこのような具体的な質問ができなかったのだろう。 小沢氏はこの問題を追及してきた民主党衆議院議員からの講義も受けたと言われる。しかし、「政府は責任を感じているか?」「挙証責任は政府が負うのか?」と言った論点のみでは、年金特例法の実現可能性を追及できないのではなかろうか。 一昨年来、生損保の保険金未払い・不払い問題が大きく取り上げられた。各社とも相当大規模なシステム開発を実施し、事務処理要員を大幅増員してこの問題に対処した。それでも金融庁からは対応速度が遅いことでけん責を受け、トップマネジメントの更迭もあった。 この問題で未払い・不払いとなったのは生損保合計で数十万件とも言われる。もちろん対象になりそうな契約をすべてチェックしているため、作業的にはその何十倍もの契約件数を調べることになるのだが、それとて各社のデータベース上に存在しているデータが対象であった。 照合用の個人の識別番号も既知のものである。社会保険庁に比べてまだ調査がしやすい環境であるが、それでも各社が費やしたコストは数百億円レベルといわれている。少なくとも結果として判明した1件当たりにすると数万円のコストがかかったこととなる。 もともとデータを照合するための識別番号情報がないデータを突合する社会保険庁の場合には、もっと多くの作業が必要になる。08年8月ないしは09年3月までに通知となると、まずシステム構築が間に合わない可能性が大きい。 できたにしても、マッチング作業にかけられるのは営業日でせいぜい200〜300日程度である。300日でも1日17万件という計算だ。 5000万件÷300日=17万件/日 1人の作業員がマッチングできるのは1日で10件程度だろうか(実際には行方不明者を探すようなものだから、かなり難しいと思うが)。これも計算すると、1日に1万7000人の作業員が必要ということになる。 17万件÷10件=1万7000人/日 1万7000人のそれなりの事務処理能力の人を集める。事務所スペースを1人2坪として、3万4000坪。もし人件費、システム構築、オフィス代、調査費、諸経費等々、5000万件で1件当たり3000円かかるとすると1500億円、5000円なら2500億円。いろいろ計算するだけで、とてつもない数字になってしまう。与野党ともにどこまで真剣に考えたのだろうか。 [2007年6月5日] ● 関連リンク● 記事一覧
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