更新:2006年5月18日 09:37ビジネス:連載・コラム
竹田孝治のインドIT見聞録第3回 インド企業のマシンガントークの裏にある「美意識」
1995年に初めてインドを訪問した時、取引先を探すために6都市50社近くのソフトウエア企業を訪問した。インドの企業を訪問したことのある人は誰でも経験するが、相手の幹部の大演説で歓迎される。インドなまりの英語を機関銃から撃ち出すように話すので、何を言っているのかさっぱりわからないが、大きな自慢話と少しの歓迎の辞らしい。 たいてい途中でしゃべり疲れて、一瞬の間ができる。そこですかさず通訳が割り込む。20分以上も聞いたにもかかわらず通訳するのはわずか1分。こちらが「え?もっと長く話したでしょう」という顔をすると、通訳は「聞いても無駄でしょう」という。そして結局また、機関銃のように通訳無しで20分以上続けるのだ。これが企業訪問のたびに繰り返されるのでたまらない。 相手の顔色など気にせず自分たちのことを主張する姿勢は、他の場面でも同じである。たとえば、ソフト開発を委託する際に相手のマネジャーと仕様面の調整をしようとする。こちらはまず顧客の要求を伝えるが、自分たちの考えと違うことがあるとすぐに「何でそんな事をしなければならないんだ。それはおかしい」である。こちらが伝えているのはソフトウエアの書き方や開発手法のことではなく、どういう機能が必要かということなのにもかかわらずだ。 もちろん彼らが主として請け負っている欧米のシステム開発のやり方と日本のやり方の違いを感じるのはわかるが、それにしても顧客ニーズなどは二の次である。自分達の経験と技術に自信を持っており、それを押し付けてくる。 中国では違う。ソフトウエア企業を訪問すると幹部の演説で始まって自慢話があるまでは同じだが、簡単に言うと「何でも言って下さい、何でもします」である。しかもそれを日本語でしゃべる。打ち合せが終わると豪華な中華料理で、それを食べ終わると今度はカラオケクラブで美人の小姐がマイクを差し出す。こんなわけだからオフショア開発の委託先を探そうと中国とインドにそれぞれ訪問した場合、「中国派」の日本人が増えるのは当然である。 とはいっても、中国のソフトウエア企業の一般の技術者が日本語を話せるわけではない。中国と日本語のバイリンガルで、委託する際のやり取りを仲介する役目の「ブリッジSE」と呼ばれる技術者でさえ日本語能力は高くはない。先日、大連の日本語学校を訪問したが、「通訳」としてついた中国人が全く日本語を話せないのには驚いた。 日本から仕事を受けるのも消去法的な考えからだ。ある時、中国のソフト会社の経営者3人に聞いてみた。「安い日本のソフト開発を何故行なうのか」。彼らの回答は同じである。「日本はきちんとお金を払ってくれる。問題があっても謝れば済む。中国国内では上手くいっても支払ってくれない」そうだ。こんな程度だろう。 プロセス、技術にこだわり ● 関連リンク● 記事一覧
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