更新:2007年2月13日 08:25ビジネス:連載・コラム
宋文洲の単刀直入人造祭「バレンタインデー」に思う商の無情
バレンタインデーになると私はいつも憂鬱になります。女性にモテないからではありません。モテないのはバレンタインデーがなくてもわかります。 私が嫌なのは義理チョコにまつわる義理です。何も特別な意味がないのに、なぜこの日になると女の人たちがチョコレートを買わなければならないのか。私たち男性だけではなく、女性も憂鬱になるのではないかと思います。 彼女たちが義理チョコを買っているときの気持ちを想像したくないのですが、こんなことを考えながら買っていないでしょうか。「あのハゲにもあげないと悪く思われるから」「あの嫌な奴に憎まれたくないから」「あっ、あいつにあげたら隣りのあいつにもきっと必要なのか……」。 甘いものが嫌いな私はもらった義理チョコを食べられませんし、家に持ち帰ってもほとんど食べません。人にあげようと思っても、この時期になるとどこもあり余るほどあるので誰もありがたくないのです。捨てると環境によくないし、義理とはいえ、走り回って買ってきた女の子にも申し訳がないと思います。 私から見ればバレンタインデーには良いことがひとつもありません。良いことがあるのは菓子メーカーだけです。チョコレートの売り上げの多くはバレンタインデーで稼ぐとのデータを見て納得しました。 それにしてもメーカーはどうしてこのような売り方をするのでしょうか。人々はなぜこんなに簡単にメーカーのプロモーションに乗せられてしまうのでしょうか。バレンタインデーでうまくいったので今度はホワイトデー。次から次へと考え出し「孫の日」なども作り出しました。 人間は皆お祭りが好きです。祭りはいつもの日常をしばし遠ざけ、打算や損得勘定を超えたひと時を与えてくれます。このわずかな無垢な心のひと隅にも商売を持ち込む人たちの性根に私は嫌悪感さえ覚えます。
お正月やクリスマスは深い文化と悠久の歴史によって広く認知された祭りの日です。人々はこの日のために頑張ってこの日を待って買い物をするのです。クリスマス商戦や年末商戦はわかります。 しかし、プロモーションの手段として著名人やコマーシャルを使って仕掛ける人造祭りには消費を翻弄する意図を感じ、不快に思うのです。 文化や歴史に裏付けられたものとは別に、なかなか汚れないもう一つの聖地があります。それは我々がよく懐かしむ童心です。子供たちの透明な童心は親の疲れを癒し、大人の良心を呼び覚ますものです。しかし、その童心を利用したビジネスも目立ちます。 ハンバーガーを売りたいならば売ればいいのですが、なぜおもちゃとゲームを巨額のコマーシャル費用をかけて宣伝するのでしょうか。よほど自分の商品自体に自信がない証拠ではないでしょうか。 親に泣きつきハンバーカー店のおもちゃをねだる子供たち。それに困ってどうしようもなく買ってしまう親たち。おもちゃだけを持ち帰りゴミ箱に捨てられる食べ残しのハンバーガー。「童心」を利用した商売ですが、この風景を想定したうえで仕掛けた業者はなぜ社会的責任を果たしているような顔をして世界を闊歩するのでしょうか。 ビジネスが合法的であり、売買が自由意志の下で成立した場合、私の文句はただの独り言にすぎないかもしれません。唯一の抵抗は自分がそれに加担しないことです。 それにしても人の純情を利用した非情な商売、童心の利用、健康を訴えた不健康な食品、貧しい人から高利を絞りとる消費者金融。仕事に優劣はないといわれますが、こんな商売ばかりが増えれば、それも疑問に思える気がしてきます。 ※このコラムへの読者の皆様のご意見を募集しております。 http://www.soubunshu.com/article/33128525.html#comment また、「IT PLUS」編集部でも引き続きコメントを受け付けております。こちらのリンク先からお寄せください。 [2007年2月13日] ● 関連リンク● 記事一覧
|
|